松下幸之助氏の一日一言に今日4日は、このように書かれていた。
もっと厳しく
昔の武士は朝早くから道場に出て血のにじむような稽古にはげんだという。そして師範や先輩たちの木刀を身にあびながら、何くそと立ち向ううちにおのずと腕も上達していった。また商人であれば、丁稚奉公からつとめはじめ、主人や番頭に横っ面の一つも張られながら、おじぎの仕方からものの言い方まで一つ一つ教えられつつ、商人としてのものの見方、考え方を養っていったわけである。
もちろんそのような修業の過程には、好ましくない面もあったであろう。しかし、少なくともそうした厳しい修業が人を鍛え、その真価を発揮させる上に役立ったと思う。それは今日にも通用することであろう。
私も同感。私自身は、結構古い考え方をすると自覚しているが、現代社会でも変わらないと思っている。この言葉の解釈は、人それぞれであるが、見方を変えると上に立つ側が認識しなければならない課題のようにも思えてならない。経験の浅い人に対して、目標にされたり、学ぶべきものをしっかりと示せたり、人間としての深さとか経験を感じさせたり、、、。
しかし、私は古い考え方なのだろか、、、。
私自身がもっともっと精進せねば。
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